ストラスブールで春の訪れを告げる花を巡る
寒い冬がようやく過ぎ、あちこちで春の花が徐々に咲き始めています。暖かくなるにつれてさまざまな花が街や村、ブドウ畑のアルザスの大地に次々に咲き、明るい色鮮やかな風景へと様変わりしていきます。
特に目を惹くのが木蓮(フランス語でMagnolia、マニョリア)です。なかでもよく見かけるのが薄紅色の花をつける、ソコベニハクモクレン(別名サラサモクレン)という品種群で、盛りになると枝いっぱいにピンク色の花を咲かせてそれは華やかになります。19世紀にフランス人植物学者によって作られた品種で、ハクモクレンとシモクレンの交配によって誕生したものです。大気汚染にも強いとのことで、今ではヨーロッパ全土の公園でよく見かけます。街路樹としても幅広く植樹されている春を代表する非常にポピュラーな木です。
アルザスの首都、ストラスブールも例外ではありません。暖かくなると文字通り百花繚乱(ひゃっかりょうらん)、街は一気に春爛漫の雰囲気に包まれます。同じ木蓮でも日の当たりによって開花時期が微妙に異なるので、開花に合わせて街のあちこちで散策が楽しめます。
今回は旧市街から一歩出たノイシュタット地区を、なかでも木蓮の名所として名高いスポット三選をご紹介します。
ストラスブールの新しい街ノイシュタット(Neustadt)
ストラスブール大聖堂のある、イル川に囲まれた島のような形の旧市街グランディル(Grande-Île)は1988年からユネスコの世界遺産に登録されています。このグランディルはその地形を表す言葉そのもの、「大きな島」という意味で、旧市街は中世の街並みを色濃く残しています。今回ご案内する地区ノイシュタットは、ドイツ語で「新しい街」という意味で、イル川を越えた地域の普仏戦争後に開拓された地域を指します。普仏戦争終結の際に結ばれたフランクフルト講和条約(1871年)によってアルザスとロレーヌ地方のモーゼル県がドイツ帝国に割譲され、ストラスブールはこの併合された「エルザス=ロートリンゲン」の首都となります。その後に人口増加や経済発展に伴い、都市開発されたのが新しい街、ノイシュタットです。開発地域は旧市街の北方を中心に広範囲で、まっすぐな大通り、立派な石造りの建物、公園や新しい行政、学術施設などが整備され、新しい街づくりが行われました。
この19世紀後半から20世紀前半にかけて作られた街並みは、総称して時の皇帝の名を取り、「ヴィルヘルム時代」、建物を「ヴィルヘルム様式」などと呼んだりします。第二次世界大戦の戦禍に飲み込まれ、この時代の建物群でドイツ国内に残るものは少なく、今では同時代の貴重なドイツ建築の街並みを残す地域となっています。そして、旧市街からノイシュタットの開拓にわたるストラスブールのたどった特異な歴史を鑑み、この地区の一部は2017年より新たに旧市街から登録エリアを拡張するという形で世界遺産に加えられました。
共和国広場(Place de la République)
旧市街のオペラ座を通り過ぎ、後方にあるテアトル橋(pont du théâtre)を渡るとすぐにあるのが共和国広場です。ノイシュタットで最も象徴的な場所のひとつで、政治行政をつかさどる街の中枢になる建物に囲まれた円形の広場です。当初の名は皇帝広場(Kaiserplatz)でした。現在、中央には戦没者に捧げるモニュメントがありますが、以前は初代皇帝ヴィルヘルム1世の騎馬像がありました。銅像は第一次世界大戦の休戦協定後に倒され、今はその頭部だけが残っていて、ストラスブール歴史博物館で展示しています。モニュメントを中心に美しく整備されたシンメトリーの庭が広がり、それを囲うように木蓮が植樹されています。共和国広場の北側から写真を撮ると、ちょうどストラスブール大聖堂が花をたくさん付けた左右の木蓮の間に収まります。最も人気のあるアングルです。また、旧市街と新しい街が分断されずによいハーモニーを奏でるような都市景観になるよう意識して開発されたことがよくわかる構図でもあります。
ところで、この広場には4つの大きな銀杏の木があります。これは19世紀後半から20世紀前半に明治天皇がヴィルヘルム2世に贈ったものと伝えらえています。秋の空に輝く黄金色の巨木は圧巻の迫力です。
サンポール教会前の川岸(Gallia)
共和国広場からC、E、F線が走るトラムのレール沿いを歩いて隣のガリア駅(Gallia)へ向かいます。ガリア駅はちょうど橋の上にあるトラムの駅です。かつて水の要塞と言われたストラスブールらしい景色が楽しめます。その橋のたもとから伸びる階段でイル川の土手に降りてみましょう。ストラスブールの川岸は所々に階段があって、川沿いを散歩できるのも大きな魅力です。川岸に降りると立派な木蓮が一本あります。日当たりのよい川面の方に少しかしいでいて、それがとても美しい風情を醸しだしています。奥に見えるのは、サンポール教会(聖パウロ教会)です。普仏戦争後のドイツ帝国時代1897年に建てられた美しいネオゴシックの建築物で、ドイツ駐屯軍のプロテスタントの兵士のために建設されました。ここの木蓮は辺りに日光を遮るものがないので、今回紹介する3つのスポットで一番早く満開を迎える木です。大学がそばにあることから、暖かい日は土手で若者が木蓮を愛でながらピクニックを楽しむ姿をよく見かけます。
高等装飾美術学校(Haute école des arts du Rhin)
最後は少し川沿いを離れてお隣のクルトノー地区(Krutenau)に行ってみましょう。若者が集まるおしゃれなお店で賑わう人気のカルティエです。ユネスコの世界遺産に登録されたノイシュタット地区から外れますが、高等装飾美術学校、通称アールデコは、ドイツ帝国時代に創設された装飾美術を学ぶ高等教育機関です。校舎は1892年に建てられた非常に機能的なレンガ造りの建物で、過去の歴史的な建築様式にとらわれないストラスブール初の現代建築のひとつです。特に目を惹くのが建物のファサードを飾る陶器のタイルです。アルザスの陶器の里のひとつとして知られるスフレンハイム出身で、この学校の生徒だったレオン・エルシンガー Léon Elchingerが作ったもので、考古学・建築・幾何学・絵画・科学・彫刻など、ここで学ぶ要素が女性の姿を借りて表現されています。
そんな美しい歴史的建造物にも指定されている校舎の前にある木蓮も見事です。日照時間の関係から、先に紹介した2つの場所の木蓮よりも遅く開花を迎えます。もともと17世紀には植物園だった学校の敷地は、今では装飾美術を学ぶ学生のほか、木蓮をはじめ美しい建物と庭を楽しみに近隣の人も多く訪れます。
世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
今回は木蓮の花を追ってストラスブールのノイシュタットをご案内しましたがいかがでしたか? ストラスブールはどこも花壇や公園の手入れが行き届いていて、木蓮のほかにもたくさんのお花が咲き乱れます。この時期になると、ほうぼうのカルティエを巡っては花々を愛でながら春の到来を楽しみます。
そのたびに頭に思い浮かぶのがパラグラフ冒頭の在原業平の有名な和歌です。これは桜の開花に思いを巡らせて心が揺れる様を表していますが、毎年春を迎えるとまさにこんな心情でストラスブールはじめ、アルザスの山里に思いをはせます。
皆さんもぜひ、春のストラスブールへお越し下さい。春のお花を追いかけて旧市街グランディルを抜けてその先のノイシュタット地区に足を踏み入れれば、また新しいストラスブールの魅力を堪能していただけること間違いなしです。